オービスって!!

オービスを高速度道路で見かけたときに主人から聞いた話です。

「オービスってね、捕まる瞬間はものすごく強い赤いフラッシュがたかれるんだよ。」

「だから、捕まったってすぐわかるよ。」

そう話す彼はその赤いフラッシュがたかれて捕まったことのある経験があります。

しかも赤切符の免停90日までもらったそうです。

運転をするようになってから6年目の彼は、

この日は夜の高速道路を運転していました。

アクアラインを通り抜け、ジャンクションを館山道の方に抜けてすぐ

彼は赤いフラッシュで驚いたといいます。

本当に一瞬まぶしいほどの赤いフラッシュに包まれたことで、

初めてオービスに捕まったことを理解したのです。

でも表示板はどこにあったのだろう。

表示板があれば気が付くはずなのに、なぜ?

彼の頭の中は真っ白になり、捕まってしまったので仕方ないと思いなおしました。

しかし、すぐに真っ青になりました。

この時、彼は2週間ほど前に一時不停止で2点なくしていました。

今回の違反が13点以上なら

彼は免許を取り直す資格すら無くしてしまいかねないからです。

車が必要な職場だったため、ブルーになりながら帰宅したそうです。

一ヶ月後、彼の元に交通裁判所へ出頭するようにという通知が届きました。

呼び出し当日は裁判官・記録官と彼、個室で二対一で淡々と確認作業が進みました。

「この写真はあなたですね?」

「はい」

「それでは処分が決まるまでしばらくお待ちください。」

なんと57キロオーバーで12点、免停90日でした。

人生二度目の免停と罰金8万円という処分にがっかりしたそうです。

それからの3ヶ月間は車がなくて朝も早起きしてバスに乗り、

忙しく働いていたそうです。

免停を短くしてもらえる講習会に出るという選択肢もあったのですが、

その時はとても忙しい時期でとてもそんな暇はなく結局行かずに

3ヶ月をすごしたようです。

そして、免停をとかれた数週間後私と出会ったのでした。

当時そんな話は少しも聞きませんでしたし、

ただ楽しい人だなと思っていましたから、

そんな裏舞台があったなんて知りもしませんでした。

まぁ、出会って数週間でいきなり免停の話をする人もいないとは思いますが、

それだったら当時教えておいてほしかったですね。

今では笑い話として話していますが、スピードをよく出してしまいやすい傾向は

今は封印されています。

「年も取ってきているし、家族も増えて守るものも増えたせいかな。」

と話していますが、

うちの車にはしっかりオービス対策のレーダーがついています。

彼がこの経験後、オービスに敏感になったことは言うまでもありません。

人生最初の交通違反が一発免停 !

人生最初の交通違反が一発免停(免許停止)

という人はいったどれくらいいるものなのでしょうか。

え?それって相当スピード違反しないとあり得ないのじゃない?

と思われると思いますが、その通りで50キロオーバーぐらいでないと

そんなことにはなりません。

私の主人はそれをやった一人です。

彼が免許をとったのは高校卒業後すぐだったのですが、

その後勉学に励んだ後就職してからも都会だったこともあり

車を持つということができないままでした。

その彼が初めて車を持てて乗り始めました。

たぶん当時はとても楽しんで車に乗っていたのだと思います。

そして、わずか半年ほどした時のことだったのです。

実家から関東に向けて帰る関越道でそれは起こりました。

その時、工事のために対面の一車線の区間が長く続いていました。

彼の前には3台のツアーバスが連なっていました。

後ろにも何台も車がいます。

彼は5ナンバーのスポーツタイプに乗っていたのですが、

邪魔だなと一気に加速を試みました。

ぐっと踏み込んで抜かしていこうとすると先の方で

フラグを振っている警察官が見えます。

彼は指示通りにわきに止まりました。

その瞬間は「え?」という感じだったそうです。

そう、彼はネズミ取りにひっかかったのです。

なんと53キロオーバーで彼自身びっくりしたそうです。

人生初の違反がいきなりの赤切符で、ただただ呆然としたと言います。

3か月後、交通裁判所からの呼び出しに出かけて行って罰金を納めた後、

数週間後に彼は免許を早く取り戻すために

2日間の停止処分者講習会へでかけていき、

90日の免停を45日にできたそうです。

しかし、そこまでに支払ったのは講習代を含めて10万ほど。

若い彼には痛い出費だったことでしょう。

いい人生勉強になったのかもしれませんが、感想を聞いてみると、

「いや、とにかくびっくりしたよ。」

「そんなにスピード出しているつもりもなかったから。」

「若かったな~、邪魔だなぐらいにしか考えて運転してなかったからな~」

とたんたんと語って笑う彼からは想像もつかない姿ですが、

いわゆる運転すると性格が変わるタイプだったのかもしれません。

当時は仕事のこともいろいろあったようですし。

今では家族を思って走ってくれる彼ですから、

これもよい変化なのかなと思っています。

ちなみにこの時の取り締まりではたくさんの違反者が捕まっていたそうです。

しかし、人間の心理をよく衝いた取締だったのでしょうね。

ただ疑問なのは工事区間の先の2車線…

フラグを振って知らせるとしても車線近くにいるでしょうから

警察官の方も危なくないのでしょうかね。

違反の罰金を支払いに行く途中で、またキップ!

今でも私の中で納得のいっていない交通違反があります。

そのことで青切符をきられたのですが、

もっと他に取り締まってほしいところがあるんですけどね!

と文句を言いたくなったような場所でした。

皆さんにもこんな経験ありますか?

その交差点に来たのは某大型ショッピングセンターに行く道に行こうと

大通りをそれた通りでした。

長い橋上になった直線の2車線の左車線から弧を描くようにして

斜めに降りて行った先にそのT字の交差点があります。

降りていく途中からその景色は見えているのですが、

川沿いの土手の風景が続いている所です。

お店らしきお店はガソリンスタンドが交差点の右側30mほどのところで

あとは農家さんのハウスなどがあります。

ですから右側の見通しはとてもいいのです。

ところが左手は橋の橋脚や高く伸びた草が邪魔しているので

交差点に曲がってみないと先がはっきりとは見えません。

そのため左折する車はそんなにスピードを出すといったことはないのです。

私はそのT字の交差点を左折しようとウィンカーを出し、

スピードを落として右を確認しました。

車は全く来ません。

だいぶスピードを落としてから少し止まって左折した先に

白バイの姿を見つけました。

と、その瞬間。ウ~と鳴らされ

「はい運転手さん止まってください~」

はい?

こんなところ取り締まってるわけ?

もっと違反して車多い所が近くにあるじゃない!

と思いながら窓を開けました。

私はこの時ゴールド免許でした。

教習所時代にさんざん女性ドライバーは…

という愚痴を聞かされ続けたので、何秒に一回はバックミラーを見ることと

さっと車を動かすことに気を付けてきました。

もちろん違反にも注意してきたつもりです。

ですからなおのこと頭に来ていました。

内容は一時不停止(不十分な停止ということで)、反則金は2万円弱でした。

実はこの時、主人も1週間ほど前にスピード違反で違反切符をきられて

私が支払いに向かっている途中でした。

ですから、なおさら反則金に対してむかっ腹がたっていたのです。

もちろん、停止不十分が悪いのですが

そういう時ってなかなか冷静になれないものですよね。

その晩主人にその怒りをぶちまけていたのですが、

冷静に

「まぁ、運がなかったとしかいいようがないよね。

あそこを通る時はきをつけなくちゃね~。」

とのんきに返すのです。

元はと言えば彼の違反切符の支払いに行っていたのに。

もちろんこのあと別な怒りをぶつけて

けんかになったのは想像に難しくないと思います。

次ゴールドに戻れるのは5年後…長い道のりになりそうです。

一方通行を逆走でキップ。

交通違反を取り締まるのは大通りというようなイメージがあったのですが、

私の意識をすっかり交通違反の取り締まりは

田舎道や住宅街といったイメージにシフトした出来事がありました。

その頃、私は祖母の介護のために子供連れで田舎の祖母宅へ

数カ月に一度泊まり込みで何日か来ていました。

祖母の家は宮崎県の中でも大きな方の市で、

祖母家は昔からある住宅街の中にありました。

そのためなのか、一方通行の道が数多くありました。

初めての人が来ると一方通行に困ってしまうほどのところです。

私も常に同じ道しか通らないようにして入り込まないようにしているんです。

とある夏の昼下がり、ウ~ウ~とサイレンを一瞬鳴らして

「前の運転手さん止まってください~」

と祖母宅の真ん前で止められたのは灰色のセダンタイプの車でした。

中からは中年ぐらいの年齢の方が降りてきました。

明らかに不機嫌そうに

「なんですか?」

と聞いています。

私はちょうどその時祖母宅の畑で雑草取りをしていて

通りに近い場所で作業していましたから背中越しに丸聞こえでした。

「先ほどの橋のところを通りましたよね。あれは一方通行なんですよ。」

「あぁ?あんたら見てたんか?いなかっただろうがよ。」

「あそこは一方通行なんですよ。」

ずいぶんけんか腰で話す男性になんだかこちらまで不安な気持ちになりました。

言葉はこちらの言葉ではないので県外の人なのでしょうか。

こちらからは垣根もあるので見えませんし、

まぁとりあえず草を抜いていました。

落ち着いた様子で

「この辺りは一方通行が多いんですよ。そのせいで事故も多いんです。」

と警察官が話しています。男性は明らかに怒っている様子ですが、

一方通行のことを知っていたのか黙っています。

「なんでこの辺一方通行ばっかりなんだよ。迷惑だろうがよ。」

と愚痴っています。

そこには私も激しく同意しました。

確かに離合できなくはない道なので、一方通行でなくてもよさそうなんですけどね。

「まぁ~ね、それでもここはそう決まった道なものですからね~。

免許書をお願いします。」

男性はふてくされながらも免許を取りに車に戻り手続きに入ったようでした。

その後は事務的な手続きを続けていました。

しばらくして二台とも発進していきました。

しかし、夕方に再度ウ~ウ~と聞こえたので、

たぶんまたご近所で違反切符を切られた方がいたのでしょうね。

しかし、これってもし私が出かける前だったらどうする気だったのでしょう。

おもいっきり駐車場をふさぐように駐車されて30分近く話していましたからね。

できれば、駐車場は塞がないでおいてくださいね。

追い越し禁止でキップ。と思いきや・・

誰でも一番初めに交通違反をしてしまった時の記憶というのは

はっきり覚えているのではないでしょうか。

私もいまだに忘れることができません。

その頃、私は田舎から結婚して千葉に引っ越してきたばかりでした。

初めての都会の暮らしにもまだまだ慣れず、

失業の給付金を受けるために朝の時間帯で急いでいました。

その道は千葉の中でもかなりゆったりとしていた道でした。

少しずつ道になれて、住んでいる周辺は

車で出かけることに支障がなくなってきた頃でしたから、

千葉に来て数ヶ月は経っていました。

ですが、やはり大通りを行くよりはあまり車のこない道を

横切っていくという方法を取っていたのです。

事故にあうなんてばかばかしいから田舎道を選んで

目的地まで行こうとしていたのです。

ところが右折した先にいたのはとろとろと走るバイクでした。

『う~ん邪魔だ』と思っていると私の背後には長~い列ができていました。

私が行かないと更に邪魔になってしまうと考え対面通行。

センターラインがだいだいの追い越し禁止の道で

車が来ない一瞬を狙って加速しました。

さっとバイクを追い抜くと・・

その先に青い制服の警察官がこちらに来るようにと誘導しています。

何かしたかしら?

と思いましたが、瞬間「え?あのバイクを追い越したせいかよ?」と思い返し、

あっという間にイライラし始めました。

車を指定の場所に止めるように指示されると

降りて別の車の中に行くようにと指示されます。

もうこの辺りではイライラがマックスでした。

何せ『こんな田舎の道でバイクを追い越した程度で捕まるのかよ!』

と本人は思っていますから。

私に対応したのは若い警察官でした。

「おはようございます。」

「おはようございます。(イライラしながら)」

「ずいぶんお急ぎでしたね~どちらに向かっていたんですか?」

「失業手当をもらいに行くところなんです。」

「あ~それは大変ですね。どちらからですか?」

「○○市からです。」

「免許書をお願いします。」

その若い警察官の方は私の免許証を見ながら

私が九州の田舎から引っ越してきたことを知り、

あれこれ世間話などをいれながら書類を書いていました。

私もその頃には気持ちもだいぶ落ち着いてあれこれと話すようになっていました。

「この道は制限速度が40キロなんですよ。表示に気が付きませんでしたか。」

と聞かれたのですが、完全に見落としていたのです。

私の違反切符はスピード20キロオーバーという内容でした。

一通り終わり車に戻る前に

「気を付けてくださいね~」

千葉に来てからそれまで友人らしい友人もいなかった私には

なんだかありがたい言葉にも聞こえ、

私にはほろ苦い初違反切符の思い出になりました。

もちろん2万円ほどの痛~い出費も伴いましたから今でも忘れられません。

でも、追い越し禁止の場所での追い越しは…

どうなったんだろう?

一旦停止無視!「ほらここに高校があるでしょ?」だと~(怒)

仕事で、S県の東海岸通りを私は走っていました。

海岸通りはよく走る道。

良く知る道でした。

が、この時の仕事は、海岸線を少し外れ、

少し山の方へ向かっていく、初めて通る道でした。

 

私の乗っている車は、軽自動車。

馬力はなく、「ウ~~~ン!」と大きな音を立て、

低いギアで登っていかなくてはなりません。

道が右へ大きくカーブ。

カーブを曲がった直後に、一旦停止の線が!

 

普段、一旦停止は必ずします。

横断歩道ではないとこるでも、人が横断を待っていれば、止まってあげる。

運転にゆとりを持つ。

そういう気持ちで、スピードを出すこともなく

安全運転を心掛けていたんですが、

こればかりは、曲がってすぐの停止線。

気づいた時には、線を越えていました。

 

すると、そのすぐ先の高校の門の前に、警察官が2名。

旗を振られ、「こっちにおいでと合図をされました。」

 

「お兄さん!ほら!あそこ!」

「一旦停止の線!見えるでしょ!」

「わからなかったかな?」

「一旦停止は止まらないとね~!」

 

まだまだ心のゆとりを持てなかった私。

「は?」

「見えなかったか?だって?」

「見えてたら止まるよ!」

「見えなかったから止まらなかったんでしょ!」

「っていうか、あんたら、ここでしょっちゅう一旦停止無視があるから

じーーーと待ち構えていたんだろ!」

 

すると、その警察官。

「ここ高校でしょ?」

「門の近くだもん。一旦停止あるにきまってるでしょ!」

 

いやいや、ここに高校があることなんて知らないし!

 

 

事故を減らしたいのであれば、

違反する前に注意をしなきゃ、意味がないんじゃないのでは?

捕まえる目的の取り締まりが、とても多いと思うのは私だけでしょうか?

一旦停止でキップ。人を小バカにするような失礼な発言(怒)

もう何年も昔になりますが、

私が某県の山の上に作られた工業団地にある会社に勤めていた頃に

一時停止違反で違反キップを切られた苦々しい経験について書きたいと思います。
共働きの私は主人の職場との中間地点になる場所に住んでいたので

家から駅まで徒歩5分。

駅から会社最寄り駅まで電車で約1時間。

最寄り駅から会社まで車で10分。

待ち時間などを入れると

約1時間半通勤に費やしていました。

 

会社の最寄り駅から会社がバスを出してくれていたのですが、

最終のバスが7時過ぎなので残業の多い私は駐車場を借りて

自家用車で通勤しないといけませんでした。

たった10分。

交通量も少ない夜間に焦りと疲労のために自分の行動に自信が持てず、

言いがかりのような違反キップを切られたのです。

 

その工業団地は山を切り開いて平坦にし、

広大な土地はあるものの入居している会社は少ない為、

道路は広くて見渡しの良い場所でした。

またそのような場所ですので夜間は信号も点滅になります。

家族の都合で家からの最寄り駅が同じだった上司から“終電は途中で止まることが多く

家までたどり着けない場合があるから終電1本前には帰るように”

と念を押されていた私はいつもの電車に間に合うように会社を出ました。

その日は時間ギリギリで私は電車に間に合うか内心ドキドキしていました。

その日もいつものように赤信号が点滅している交差点を、

減速 → 一時停止 → 安全確認

をしてから駅方面に曲がったつもりだったのですが、

突然サイレンが鳴ってパトカーが追いかけてきました。

不思議に思って路肩に停車したところ、警官が

 

「今、一時停止しなかったでしょ?違反ですよ。」

 

と言ってきました。

その日は急いでいたことと非常に疲れていたために、

タイヤが回転をやめるまでキッチリ停止したと

自信をもって言うことが出来ませんでした。

その為、乗ろうとしていた電車には乗れず、それどころか11時半の最終電車にも

間に合うかどうかヒヤヒヤしながらパトカーの中で黙々と調書を書いていました。

あまりに静かで警官が暇だったのか

「何をそんなに急いでいたの?」

と無駄話をはじめました。

「電車の時間に間に合わなさそうだったからです!」

ときつめに答えても、

小バカにしたように

「ふーん、旦那さんのお迎え?」

と更にどうでも良いことを聞いて来たので、流石にカチンとして

「私がこれから電車に乗って帰るんですけど何か?」

と言ったところでやっと無駄口を止めました。

その後は口を挟まれることもなく調書を書き終え無事に解放してもらえました。

 

今でも私の中では言いがかりのような一時停止違反ですが、

自分がハッキリ止まったと言い切れなかったので違反は違反として認めます。

しかし、警官は自分の仕事をすることに集中して余計な詮索はせず、

果ては一生懸命働いて郊外に家を建て旦那さんの送り迎えをする奥さんを

小バカにするような失礼なことは止めていただきたいです。

そして無駄話に人のプライベートに関わるような話題を選ぶのも!